昨夜の藤井くんの敗戦に思うこと

昨日は取材メモを整理しながら、藤井聡太新棋聖と丸山九段の竜王戦決勝トーナメントを観戦していた。結果は、藤井聡太ファンとしては残念なことに丸山九段の勝利。AIソフトを走らせながら観る将をしていたが、丸山九段はポイントとなるところですべて最善手を指すという完璧とも言える指し回し。名人2期の全盛期の丸山九段を思い出した。

 

個人的には残念だけれど、それほど大きなショックはない。というのも、藤井君にとっても将棋界にとっても今回の対局の結果はとてもいいことなんじゃないかと思えるから。丸山九段の差し回しは、解説していた深浦九段と三枚堂七段が感動、感嘆の声を上げ続けるほどで、単なる観る将の自分にもその凄みが伝わってきた。

 

実のところ、熱烈な藤井ファンではあるけれど、このまま藤井君が将棋界を席巻してしまうのは、何かつまらないという気がしていた。現時点では同世代のライバルもいないし、年上の強豪棋士が伝説の棋士たちも含めて次々になぎ倒されていくのは、30年以上観る将をしてきた身としてはけっこうキツイものがある。

 

今回、ある意味、藤井棋聖以外のプロ棋士たちにとっての新たな指針がハッキリと示された気がしている。つまり、藤井君というこれまでに見たことのないような超天才(もしかすると羽生永世七冠さえも凌駕するかもしれない未知の存在)に対して、プロ棋士はどう対峙していけばいいのか、という姿勢というか矜持のようなものを丸山九段が示したと思っている。

 

とても無口でコミュニケーションが上手とは言えない(違っていたらごめんなさいだけれども、20数年見ているから間違ってないよね)丸山九段、藤井君が登場する前に将棋界を震撼させた事件の時も実にいいコメントをしていたし、AI研究が主流になってきた頃に、AIに支配される将棋界も世界もごめんです、という旨の発言をしたり、実力と気骨を兼ね備えた人だと思っていた。かつて応援していた故・村山聖九段(追贈)が手術から復帰直後、看護士の方が控え室に待機しながら指した一局で深夜に及ぶ激闘を全力で戦い、村山九段の気持ちに応えた。当時は二人とも八段(かもしかするとどちらかが七段)だったと思うが、村山と丸山二人の熱い思いに深く感動したことを覚えている。

 

羽生世代の中では、あまり解説にも出てこないため地味な存在として過小評価されがちな存在だが、きら星ばかりの同世代にまったくひけを取らない大棋士だと思っている。そういう棋士が藤井戦で見せた底力は、実は多くの棋士たちの胸に深く刻まれたんじゃないだろうか。最善手を求め続ける藤井棋聖にとっても頂は遙か遠くにあり、それを目指す先輩や仲間たちが共にその道を歩んでいる。こんなに心強いことはないのではないだろうか。自分は孤独ではないこと、共に高みを目指す人たちがいることを実感できたのであれば、昨日の結果は得がたい体験だったのではないか。そう思える名局だった。